書籍紹介 医者が患者をだますとき (続2)

●医者が薬にこだわるわけ
 もし医者が「患者に害をおよぼすな」という医学の第一の鉄則を守っているなら、患者の盲信に依存する必要はないはずだ。薬の副作用と効能を比較するとき、医者が何より優先しなければならないのは患者の安全である。しかし、医学の第一の鉄則は現代医学の腐敗した倫理規範によってゆがめられ、まったく異なる倫理基準を生みだした。それは「患者になんらかの事をせよ」である。
 この基準に従うと、薬の処方であれその他の治療であれ、医者がなんらかの事をしないと患者に害を及ぼすことになる。その際、その治療が有効かどうかは問題ではない。患者に害をおよぼすかどうかはもっと関係ない。もし患者が治療を受けて苦痛を訴えれば、医者は「痛みと上手に付き合いなさい」と言うだけである。
 医者が薬物療法にこだわるのは、効率性を追求しているからだと考えられている。診察室で患者の栄養状態から普段の運動状況、仕事のストレス、精神状態までいちいち問診していれば、さばける患者の数も限定される。それに対し、薬物療法なら、処方箋ひとつで診察を終える事が出来る。実際、出来高払い制では、薬物療法によって医者だけでなく、薬剤師と製薬会社にも利益がもたらされる。
 しかし、医者が薬物療法に頼るのはもっと深い所に理由がある、と私は考えている。うがった見方だが、医者は歴史を通じて病気の治療について間違った信念を持っていたからだ。
 二十世紀の医者は薬物療法に固執しているが、十九世紀の医者は衛生観念が欠落していた。ヒルを患部に貼り付けて血を吸わせる治療、血管から一定量の血液を抜く治療、多量の下剤を使用する治療など、医者は身の毛もよだつ治療を有効だと信じ込んでいた。こうして見ると、医学は常に大多数の患者に害を及ぼすものだったと言えそうだ。
 そう考えると、医者の指示に従って薬を飲む事がどんなに危険であるかがわかる。しかし、さらに掘り下げると、現代医学教の神学としか表現のしようがない哲学的な問題に突き当たる。皮肉なことに、それはキリスト教の神学の一面を腐敗させたものなのだ。

●毒性のない薬は薬ではない
 薬を売りさばく聖職者から我が身を守るためには、思い切って現代医学教への信仰を捨て、医者を信頼しないことだ。医者が処方する薬は危険だと想定したほうがいい。世界有数の製薬会社イーライ・リリーの創業者イーライ・リリー自身が、「毒性のない薬はもはや薬ではない」と言ったことがある。まさにその通りで、どの薬に対しても疑ってかかるべきだ。
 とくに妊婦にとって薬の服用は、胎児にも悪影響が及ぶために二重に危険である。妊婦は薬と縁を切らなければならない。自分には無害なように思えても、胎児にとっては取り返しのつかない場合があるからだ。何百という薬が胎児への悪影響という問題を残したまま市場に出回っているのが現状である。わが子の幸せを科学に捧げ、副作用の第一発見者になりたくないなら、自分の命が危ない状況でない限り、妊婦は薬を服用すべきではない。
●複数の薬を併用することの危険性
 現代では多剤併用療法が普及しているが、薬物相互作用については次の二つの面からしっかり理解しておく必要がある。
 ある薬は一回の服用で、臓器Aに3~4%、臓器Bに2%、臓器Cに6%の確率で副作用を生じる可能性があり、その薬と一緒に飲む薬には、臓器Dに3%、臓器Eに10%の確率で副作用があるとしよう。そうすると、この二つの薬を何回か併用すれば、副作用を起こす可能性は全ての臓器で100%を超え、確実に副作用で苦しむことになる。
 さらに危険なのが、負の相乗作用である。ひとつの薬の副作用が5%の危険性にすぎなくても、飲み合わせによってそれが二倍、三倍、四倍、五倍と増幅されていく。しかも、その危険性は発生率だけではなく強度においても増幅される。服用中の薬を医者に知らせる事はもちろん大切だが、多剤併用療法で起こりうる薬害については医者の知識に頼ってはいけない。
●精神安定剤の落とし穴
 適応症と副作用が同じ、つまりその薬で効く症状とその薬で起こる副作用が同じ薬が存在する。しかも、この種の薬は珍しくない。そのひとつが驚異的な売り上げを記録しているベンゾジアゼピン系の精神安定剤(抗不安薬)である。その添付文書を見ると、適応症と副作用がほとんど同じであることに気づく。

 適応症 ー 不安、疲労、抑うつ、激しい動揺、震え、幻覚、骨格のケイレン
 副作用 - 不安、疲労、抑うつ、激しい興奮状態、震え、幻覚、筋肉のケイレン

こういう薬はどんな基準で処方すればいいのか。この薬を処方して症状が続く場合、どうすればいいのか。副作用を考慮して処方を中止すべきか、効能を期待して用量を倍にすべきか。こんな薬を処方する医者は、何を期待しているのか理解に苦しむところだが、一応、次の三つの推測が成り立つ。

 1、危険をおかしても偽薬効果を期待している
 2、患者が苦しんでいる症状を増幅させる薬を投与することで、その症状を聖なるものとして崇めようとしている
 3、原始的な罪のあがないの儀式になぞらえ、服用を中止した時に患者の症状が消える事を期待している

 精神安定剤は年間6000万回も処方され、人類史上最も売れる薬となっている。確かに、この薬にはそれだけの価値がある。適応症と副作用がほとんど同じこの薬は、科学・芸術・信仰が追及してきた統一性という理念を具現しているからだ。

続く・・・


沖縄県沖縄市
富村カイロプラクティックオフィス
富村政昭

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